最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)578号 判決 1985年11月26日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人力野博之、同辻内隆司の上告理由第一点について
一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 (一) 第一審被告井上は、昭和三六年一月三〇日、上告人との間で、上告人に対する買掛残代金五八〇万一〇八三円の債務について、同月三一日を第一回とし同年五月五日まで七回に分割して支払うこと及び同被告が一回でも右支払を怠れば期限の利益を失い残金を一時に支払うべきことを約し(以下「本件契約」という。)、また、本件契約に基づく同被告の債務の担保として第一審判決添付物件目録(一)ないし(五)記載の各土地(以下「本件各土地」といい、右各土地をそれぞれ「本件(一)土地」ないし「本件(五)土地」という。)について、期限に弁済しないときは本件各土地をもつて代物弁済とすることができる旨の上告人を予約完結権者とする代物弁済の予約を結び、その旨の仮登記(以下「本件仮登記」という。)を経由した(以下右予約に基づく担保権を「本件仮登記担保権」という。)。(二) ところが、同被告が、第一回の分割弁済をしなかつたため、期限の利益を失い、同年二月一日前記分割弁済金全額につき期限が到来したところ、上告人は、昭和五四年三月一六日、同被告に対し、右代物弁済の予約を完結する旨の意思表示をした。
2 上告人の本件仮登記ののちに、被上告人村井は本件(一)、(二)土地につき、被上告人荒木は本件(三)土地につき、被上告人畑は本件(四)土地につき、被上告人中村は本件(五)土地につき、それぞれ同被告から各所有権を取得してその旨の各所有権移転登記手続を経由した。そして、被上告人らは、本訴において、本件仮登記担保権の被担保債権が前記期限たる昭和三六年二月一日から一〇年の経過により時効によつて消滅したとして、消滅時効の援用をした。
二 ところで、民法一四五条所定の当事者として消滅時効を援用しうる者は、権利の消滅により直接利益を受ける者に限定されるところ、所有権移転予約形式の仮登記担保権が設定された不動産の譲渡を受けた第三者は、当該仮登記担保権の被担保債権の消滅によつて直接利益を受ける者というを妨げないから、右不動産によつて担保された債権の債務者でなくても、その消滅時効を援用することが許されるものと解すべきである(最高裁昭和四五年(オ)第七一九号同四八年一二月一四日第二小法廷判決・民集二七巻一一号一五八六頁参照)。してみると、前示の事実関係によれば、被上告人らは、本件仮登記担保権の設定された本件各土地の譲渡を受けた第三者であるから、右仮登記担保権の被担保債権の消滅時効を援用しうる当事者であるというべきである。したがつて、上告人のした前記代物弁済予約完結の意思表示が被上告人らに対しては効力を生ずるに由なく、また、本件仮登記が被上告人らとの関係では実体上の原因を欠くとした原審の判断は、結論において是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、右と異なる見解に基づき原判決を論難するものであつて、採用することができない。
同第二点について
記録によれば、上告人が原審において所論のような信義則違反ないし権利の濫用に関する事実についての主張をした形跡は認められないから、論旨は、原審において主張されなかつた事項につき原判決を非難するものにすぎず、採用の限りでない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 長島 敦)